平成16年11月24日(水)午後1時より4時まで、文京キャンパスD館6階第1会議室においてイスラーム研究センター主催、(宗)日本ムスリム協会協共催による「ハラール・セミナー」が開催された。
副題に「ハラール―イスラーム文化理解」とあるようにイスラームを理解する上で避けて通れないのが、この「ハラール(合法)」とこれと対極をなす「ハラーム(非合法)」の概念である。
今回、当センターがこれをセミナーで取り上げたのは、これら二つの概念を理解することなしには、イスラーム教徒やイスラーム社会の根本にある行動原理がなかなか理解できないと考えたからである。
このような「ハラール」をテーマにしたセミナーが日本で行われるのは初めてのこととあって、インドネシアやマレーシアの企業などと取引関係のある食品関連企業からの参加者が目立った。出席者は、企業関係者のほか一般参加者や学生を含めて130人くらいの人数になり、会場を埋め尽くした聴衆の熱気は最高点にまで達していた。
有見次郎イスラーム研究センター客員教授の司会でセミナーの開始が告げられると、まずイスラーム方式にしたがって当研究センターの柏原主任研究員のクルアーン朗誦からセミナーのプログラムは始められた。
次に森伸生イスラーム研究センター長から開会の挨拶があった。その中で、間違えやすい「ハラール」と「ハラーム」の最後の一文字「ル」と「ム」の違いに十分注意してほしいとの要請があった。これを間違えると意味が全く反対になってしまうからで、特にあまりなじみのない言葉を聞く者にとって的確な指摘だった。引き続き佐瀬昌盛海外事情研究所長から海外事情研究所とイスラーム研究センターに共通するのは現地からの直接の情報を基にして研究する姿勢で、その意味で今回のセミナーはイスラームの現実を知る上で大いに意義のあるものであると挨拶の言葉があった。
次に今回、当センターと共催した宗教法人日本ムスリム協会会長徳増公明氏からこのセミナー開催に至った経緯の説明があった。
その後、講演が休憩を挟んで1部と2部に分けて行われた。以下その公演内容の要約をお知らせしたい。 |
◆◇講演1「イスラームにおけるハラール(合法)とハラーム(非合法)」◇◆
講師 : イスラーム研究センター・シャリーア専門委員会委員
遠藤利夫
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ハラールとハラームについて説明する前に簡単にイスラームの特徴を説明しておかなければならない。日本人の一般的な宗教観では信仰は主に精神的な安らぎや精神修養など心の問題として捉えられるが、イスラームでは日常生活の中で神・アッラーの言葉(クルアーン)を具体的に実践していくことが信仰表明に他ならない。シャリーア(イスラーム法)はその日常行為のあらゆる面で信者に指針を与えるものとなる。そしてこのシャリーアは時間や地位を越えてイスラーム教徒の総体であるウンマ(イスラーム共同体)を導く法である。故にイスラーム教徒はどこにあってもシャリーアを守ることが、すなわち自分の信仰を守ることになる。
シャリーアの特徴
シャリーアの特徴は主権在神つまり神の言葉であるクルアーンが憲法に当たり、それに次ぐものとしてスンナ(預言者ムハンマドの言行)がある。信者はこの二つを基本に日常生活を送る。イスラームでは信仰行為であろうと日常行為であろうとその基本にあるのは神に対する自分の信仰表明としてその行為が行われるということである。そこにおいて信者が求められるのはシャリーアで認められる「ハラール」を実行し、禁じられる「ハラーム」を避けることである。
ハラール食品とハラーム対象品
クルアーンの中でイスラーム教徒が禁じられるものは次の節に書かれている。
「信仰する者よ、われがあなたがたに与えた良いものを食べなさい。…かれがあなたがたに、(食べることを)禁じられるものは、死肉、血、豚肉、およびアッラー以外(の名)で供えられたものである。」(2章172節、173節)
「あなたがた信仰する者よ、誠に酒と賭矢、偶像と占い矢は、忌み嫌われる悪魔の業である。これを避けなさい。」(5章90節)
以上の節からハラールと見なされるためには以下の条件を満たしていなければならない。
@ ハラールでない動物の成分、またはそれに由来する製品を一切含有しない。
A ナジス(不浄)とみなされる材料を一切含まない。
B 調合、加工工程において、ナジスとみなされるものが混入されていない。 |
◆◇講演2「インドネシアのハラール事情」◇◆
講師 : 世界ハラール評議会(WHC)議長
アーイシャ・ギリンドラ
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世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシアで「ハラール」問題は非常に重大視されている。1988年に東ジャワ州でムスリムが所有する水田に大量の豚油脂が流出した事件をきっかけに、あらゆる食料品の「ハラール」性を科学的に確証することができる組織の確立が望まれるようになった。そこでインドネシア・イスラーム学者評議会(MUI)は、1989年に食品・薬品・化粧品検査研究所(LP
POM)を設立した。LPPOM-MUIはムスリム消費者のために食料品・医薬品・化粧品といった口に含んだり、体内に吸収したり、または肉体に直接添付したりする製品の「ハラール」性を検査する民間の非営利団体である。
食糧生産技術の進歩と「ハラール」性の不透明化
イスラームにおいては大半の飲食物は摂取され得るものと規定されている。しかし近代、科学と技術の進歩が食品生産の分野にまで及ぶと、問題はより複雑化してきた。一目で「ハラール」であるか否かを判断できる食飲物は次第に少なくなりつつある。従って「ハラール」性を判断するためには、その製品の原料となっている動物の種類や屠殺方法をはじめ、その製造工程において豚由来物、または非合法的に屠殺された動物に由来するものが利用されていないかどうかなどを詳しくチェックされなければならないのである。
インドネシアの「ハラール」認証手続き
LPPOM-MUIの「ハラール」認証は申請がなされると、ます申請製品の生産工場を視察、申請書類ならびに添付書類を審査し、「ハラール」性に疑義が持たれる成分・原料については必要に応じてラボ・テストを実施する。こうした正規の手順以外にも、必要があれば抜き打ちの立ち入り検査をすることもある。認証審査の結果は、MUIのファトワー委員会で最終的な審議がなされ認証が出される。認証の有効期限は2年である。
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◆◇講演3「インドネシアのハラール裁定方法」◇◆
講師 : MUI・ファトワ委員会委員長
マァルーフ・アミーン
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ファトワとは、社会に生じたある問題についてのイスラーム法上の判断を意味している。インドネシア国内の最高ファトワー裁決機関はインドネシア・イスラーム学者評議会(MUI)のファトワ委員会であり、同評議会の食品・薬品・化粧品検査研究所(LP
POM-MUI)による審査・検査結果に基づいて食品の「ハラール」性についての最終的な判断を下している。
ファトワ裁決の基礎と方法論
ファトワ裁決の基本的な法源は、第一次的法源と第二次的法源に分類される。第一次的法源には、クルアーンとスンナ/ハディース、イジュマー(イスラーム学者の合意)、キヤースの四つがある。第二次的法源とは、キヤースに付随して副次的な特殊法源とみなされるもので、それらを実際に法源として採択するか否かについて学者たちの間で意見が分かれているものを指す。
インドネシアにおける「ハラール」裁決の実際
LP POM-MUIからある製品の「ハラール」性についての検査結果報告書が提出されると、ファトワ委員会は裁決会議を開く。同会議において当該製品の「ハラール」性に疑義があると判断された場合には、当該製品製造現場の視察を再実施する。疑義なしと判断された場合には、その旨の決議報告書が作成された上で、「ハラール」認証が」発行される。 |
◆◇講演4「マレーシア政府のハラール認証方法」◇◆
講師 :マレーシア政府総理府イスラーム開発局(JAKIM)ハラール担当次長
ルクマーン・アブドル・ラハマーン
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「ハラール」と「ハラーム」は、現在においては勿論のこと、将来的にも避けて通ることはできない。こうした問題を解決するため、マレーシアでは通商法の中に「ハラール」性の明示について定めた条文を1975年に追加した。
「ハラール」認証取得手順
JAKIMの「ハラール」認証には、まず所定の申請書類をすべて揃えてJAKIMに提出する。ホームページを使っても申請が可能である。次に提出された書類の審査がおこなわれる。これらすべての書類に疑義なしと判断されれば、ついで「ハラール」検査官による認証対象製品製造現場の視察を実施する。視察の後に検査官によって視察結果報告書が作成され、「ハラール」委員会に諮られる。「ハラール」委員会において承認された「ハラール」対象品に対して、JAKIMは認証とロゴを発給する。「ハラール」認証の有効期限は2年である。 |
◆◇講演5「ハラール認証 日本の場合」◇◆
講師 : イスラーム研究センター・シャリーア専門委員会委員長
武藤 英臣
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かつて日本国内では日本ムスリム協会の他にも、他のイスラーム団体が認証発行業務をおこなっていた。しかし国際的な要求をクリアするだけの組織や基準を設定することが困難という理由から、現在では同業務を停止している。
イスラーム研究センターと日本ムスリム協会の関係
21世紀になって間もなく「ハラール」認証の厳正化と国際化の動きが起こると、日本ムスリム協会でもそうした世界的な潮流に対処すべく従来の「ハラール」認証方式の見直しを始め、マレーシアとインドネシアの認証方式に沿った現在のシステムを確立させた。また国内企業がビジネスの必要上「ハラール」認証を取得しなければならないという状況に対応するため、当該製品の「ハラール」性を検証する部門としてのシャリーア専門委員会を拓殖大学イスラーム研究センター内に設置し、企業と大学が委託研究契約を結ぶことによってそれに応えていくという認証のシステムが確立された。
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◆◇◆セミナー講師陣、大学関係者と懇談・会食◇◆◇
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セミナー開催に先立ち、インドネシアとマレーシアからの講師を迎えての歓迎会が11月23日午後7時より池袋のサンシャインビル59階にあるレストランで行われ、小倉克彦事務局長から今回のセミナーにむけての大学側の期待を込めた歓迎の挨拶があった。またセミナー当日は、講演の前に外国講師陣と研究センター関係者が藤渡辰信総長を表敬訪問し、一時間近くに渡って懇談が行われ、インドネシア、マレーシアとの友好関係を確認した。またセミナー終了後、大学近くの茗渓会館で後援者ならびに関係者で懇親夕食会が催された。海外からの後援者たちには小倉事務局長から記念品の贈呈があり、終始なごやかな雰囲気のうちに会は終了した。 |
◆◇◆「ハラール・セミナー」に参加しての感想◇◆◇
拓殖大学スペイン語学科1年 安倍 由宇妃
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数ヶ月前の新聞で、「日本で唯一『ハラール』鶏肉を生産していた会社が倒産してしまった」という記事が載っていたのを見た。それまで私は、イスラーム教徒は豚肉だけを避けているのだと思っていたので、他の肉でも神の名を唱えながら処理されたものでなければ非合法であるということは知らなかった。イスラームの禁忌は私にとってあまり身近なものではないが、他にはどのような「ハラーム」があるのだろうかと興味を持っていたので今回のセミナーに参加することにした。
イスラームでは食物についてわりと細かく禁忌が定められているようだが、それは、それぞれ理由あってのことのように思えた。例えば、酒など「ハムル」飲料を飲むことを禁じているのは、酔うことによって理性が低下することを防ぐためのようである。また、動物の屠殺に関しての「鋭いナイフを使うなどして、できるだけ動物に苦痛を与えないように」という教えに、人間だけでなく動物も大事にしようという精神を感じた。
東南アジアで、公のハラール認証システム確立への動きが起こったのは1990年に近くなってからと、わりと最近のことのようである。イスラーム社会でハラームとされるものも日本では特に問題無く出回っているので、それをまるで衛生検査のように厳しくチェックしていることには、少し驚いた。だが、信仰と信仰行為は同じこととするイスラーム教徒にとっては、ハラール認証は本当に衛生検査に等しいのだろう。近代化した生活の中でもイスラームの戒律を守ることのできる、合理的なシステムだと思うと同時に、「文化の違い」を見たように思った。 |
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