研究所紹介  

イスラーム研究センターニューズレター Vol.2 No.3 

研究員紹介

 平成17年 1月20日発行 

■ 「ハラール・セミナー」開催
  
〜ハラール―イスラーム文化理解〜

■ ムスリム・ウラマー世界連盟の創立
    京都大学大学院教授  小杉 泰

 イスラーム法入門(3)
    イスラーム研究センター客員教授 有見 次郎

 

 

 

 

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発行人 拓殖大学イスラーム研究センター
編集人 イスラーム研究センター主任研究員 柏原 良英

 
 

◆◇◆「ハラール・セミナー」開催 〜ハラール―イスラーム文化理解〜◇◆◇ 

 平成16年11月24日(水)午後1時より4時まで、文京キャンパスD館6階第1会議室においてイスラーム研究センター主催、(宗)日本ムスリム協会協共催による「ハラール・セミナー」が開催された。

 副題に「ハラール―イスラーム文化理解」とあるようにイスラームを理解する上で避けて通れないのが、この「ハラール(合法)」とこれと対極をなす「ハラーム(非合法)」の概念である。

 今回、当センターがこれをセミナーで取り上げたのは、これら二つの概念を理解することなしには、イスラーム教徒やイスラーム社会の根本にある行動原理がなかなか理解できないと考えたからである。

 このような「ハラール」をテーマにしたセミナーが日本で行われるのは初めてのこととあって、インドネシアやマレーシアの企業などと取引関係のある食品関連企業からの参加者が目立った。出席者は、企業関係者のほか一般参加者や学生を含めて130人くらいの人数になり、会場を埋め尽くした聴衆の熱気は最高点にまで達していた。

 有見次郎イスラーム研究センター客員教授の司会でセミナーの開始が告げられると、まずイスラーム方式にしたがって当研究センターの柏原主任研究員のクルアーン朗誦からセミナーのプログラムは始められた。

 次に森伸生イスラーム研究センター長から開会の挨拶があった。その中で、間違えやすい「ハラール」と「ハラーム」の最後の一文字「ル」と「ム」の違いに十分注意してほしいとの要請があった。これを間違えると意味が全く反対になってしまうからで、特にあまりなじみのない言葉を聞く者にとって的確な指摘だった。引き続き佐瀬昌盛海外事情研究所長から海外事情研究所とイスラーム研究センターに共通するのは現地からの直接の情報を基にして研究する姿勢で、その意味で今回のセミナーはイスラームの現実を知る上で大いに意義のあるものであると挨拶の言葉があった。

 次に今回、当センターと共催した宗教法人日本ムスリム協会会長徳増公明氏からこのセミナー開催に至った経緯の説明があった。

 その後、講演が休憩を挟んで1部と2部に分けて行われた。以下その公演内容の要約をお知らせしたい。

◆◇講演1「イスラームにおけるハラール(合法)とハラーム(非合法)」◇◆
  講師 : イスラーム研究センター・シャリーア専門委員会委員
遠藤利夫 

 ハラールとハラームについて説明する前に簡単にイスラームの特徴を説明しておかなければならない。日本人の一般的な宗教観では信仰は主に精神的な安らぎや精神修養など心の問題として捉えられるが、イスラームでは日常生活の中で神・アッラーの言葉(クルアーン)を具体的に実践していくことが信仰表明に他ならない。シャリーア(イスラーム法)はその日常行為のあらゆる面で信者に指針を与えるものとなる。そしてこのシャリーアは時間や地位を越えてイスラーム教徒の総体であるウンマ(イスラーム共同体)を導く法である。故にイスラーム教徒はどこにあってもシャリーアを守ることが、すなわち自分の信仰を守ることになる。

 シャリーアの特徴
 シャリーアの特徴は主権在神つまり神の言葉であるクルアーンが憲法に当たり、それに次ぐものとしてスンナ(預言者ムハンマドの言行)がある。信者はこの二つを基本に日常生活を送る。イスラームでは信仰行為であろうと日常行為であろうとその基本にあるのは神に対する自分の信仰表明としてその行為が行われるということである。そこにおいて信者が求められるのはシャリーアで認められる「ハラール」を実行し、禁じられる「ハラーム」を避けることである。

 ハラール食品とハラーム対象品
 クルアーンの中でイスラーム教徒が禁じられるものは次の節に書かれている。
 「信仰する者よ、われがあなたがたに与えた良いものを食べなさい。…かれがあなたがたに、(食べることを)禁じられるものは、死肉、血、豚肉、およびアッラー以外(の名)で供えられたものである。」(2章172節、173節)
 「あなたがた信仰する者よ、誠に酒と賭矢、偶像と占い矢は、忌み嫌われる悪魔の業である。これを避けなさい。」(5章90節)
 以上の節からハラールと見なされるためには以下の条件を満たしていなければならない。
@ ハラールでない動物の成分、またはそれに由来する製品を一切含有しない。
A ナジス(不浄)とみなされる材料を一切含まない。
B 調合、加工工程において、ナジスとみなされるものが混入されていない。

◆◇講演2「インドネシアのハラール事情」◇◆
講師 : 世界ハラール評議会(WHC)議長
アーイシャ・ギリンドラ

 世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシアで「ハラール」問題は非常に重大視されている。1988年に東ジャワ州でムスリムが所有する水田に大量の豚油脂が流出した事件をきっかけに、あらゆる食料品の「ハラール」性を科学的に確証することができる組織の確立が望まれるようになった。そこでインドネシア・イスラーム学者評議会(MUI)は、1989年に食品・薬品・化粧品検査研究所(LP POM)を設立した。LPPOM-MUIはムスリム消費者のために食料品・医薬品・化粧品といった口に含んだり、体内に吸収したり、または肉体に直接添付したりする製品の「ハラール」性を検査する民間の非営利団体である。

 食糧生産技術の進歩と「ハラール」性の不透明化
 イスラームにおいては大半の飲食物は摂取され得るものと規定されている。しかし近代、科学と技術の進歩が食品生産の分野にまで及ぶと、問題はより複雑化してきた。一目で「ハラール」であるか否かを判断できる食飲物は次第に少なくなりつつある。従って「ハラール」性を判断するためには、その製品の原料となっている動物の種類や屠殺方法をはじめ、その製造工程において豚由来物、または非合法的に屠殺された動物に由来するものが利用されていないかどうかなどを詳しくチェックされなければならないのである。

 インドネシアの「ハラール」認証手続き
 LPPOM-MUIの「ハラール」認証は申請がなされると、ます申請製品の生産工場を視察、申請書類ならびに添付書類を審査し、「ハラール」性に疑義が持たれる成分・原料については必要に応じてラボ・テストを実施する。こうした正規の手順以外にも、必要があれば抜き打ちの立ち入り検査をすることもある。認証審査の結果は、MUIのファトワー委員会で最終的な審議がなされ認証が出される。認証の有効期限は2年である。

◆◇講演3「インドネシアのハラール裁定方法」◇◆
講師 : MUI・ファトワ委員会委員長
マァルーフ・アミーン

 ファトワとは、社会に生じたある問題についてのイスラーム法上の判断を意味している。インドネシア国内の最高ファトワー裁決機関はインドネシア・イスラーム学者評議会(MUI)のファトワ委員会であり、同評議会の食品・薬品・化粧品検査研究所(LP POM-MUI)による審査・検査結果に基づいて食品の「ハラール」性についての最終的な判断を下している。

 ファトワ裁決の基礎と方法論
 ファトワ裁決の基本的な法源は、第一次的法源と第二次的法源に分類される。第一次的法源には、クルアーンとスンナ/ハディース、イジュマー(イスラーム学者の合意)、キヤースの四つがある。第二次的法源とは、キヤースに付随して副次的な特殊法源とみなされるもので、それらを実際に法源として採択するか否かについて学者たちの間で意見が分かれているものを指す。

 インドネシアにおける「ハラール」裁決の実際
 LP POM-MUIからある製品の「ハラール」性についての検査結果報告書が提出されると、ファトワ委員会は裁決会議を開く。同会議において当該製品の「ハラール」性に疑義があると判断された場合には、当該製品製造現場の視察を再実施する。疑義なしと判断された場合には、その旨の決議報告書が作成された上で、「ハラール」認証が」発行される。

◆◇講演4「マレーシア政府のハラール認証方法」◇◆
講師 :マレーシア政府総理府イスラーム開発局(JAKIM)ハラール担当次長
ルクマーン・アブドル・ラハマーン

 「ハラール」と「ハラーム」は、現在においては勿論のこと、将来的にも避けて通ることはできない。こうした問題を解決するため、マレーシアでは通商法の中に「ハラール」性の明示について定めた条文を1975年に追加した。

 「ハラール」認証取得手順
 JAKIMの「ハラール」認証には、まず所定の申請書類をすべて揃えてJAKIMに提出する。ホームページを使っても申請が可能である。次に提出された書類の審査がおこなわれる。これらすべての書類に疑義なしと判断されれば、ついで「ハラール」検査官による認証対象製品製造現場の視察を実施する。視察の後に検査官によって視察結果報告書が作成され、「ハラール」委員会に諮られる。「ハラール」委員会において承認された「ハラール」対象品に対して、JAKIMは認証とロゴを発給する。「ハラール」認証の有効期限は2年である。

◆◇講演5「ハラール認証 日本の場合」◇◆
講師 : イスラーム研究センター・シャリーア専門委員会委員長
武藤 英臣

 かつて日本国内では日本ムスリム協会の他にも、他のイスラーム団体が認証発行業務をおこなっていた。しかし国際的な要求をクリアするだけの組織や基準を設定することが困難という理由から、現在では同業務を停止している。

 イスラーム研究センターと日本ムスリム協会の関係
 21世紀になって間もなく「ハラール」認証の厳正化と国際化の動きが起こると、日本ムスリム協会でもそうした世界的な潮流に対処すべく従来の「ハラール」認証方式の見直しを始め、マレーシアとインドネシアの認証方式に沿った現在のシステムを確立させた。また国内企業がビジネスの必要上「ハラール」認証を取得しなければならないという状況に対応するため、当該製品の「ハラール」性を検証する部門としてのシャリーア専門委員会を拓殖大学イスラーム研究センター内に設置し、企業と大学が委託研究契約を結ぶことによってそれに応えていくという認証のシステムが確立された。

◆◇◆セミナー講師陣、大学関係者と懇談・会食◇◆◇

 セミナー開催に先立ち、インドネシアとマレーシアからの講師を迎えての歓迎会が11月23日午後7時より池袋のサンシャインビル59階にあるレストランで行われ、小倉克彦事務局長から今回のセミナーにむけての大学側の期待を込めた歓迎の挨拶があった。またセミナー当日は、講演の前に外国講師陣と研究センター関係者が藤渡辰信総長を表敬訪問し、一時間近くに渡って懇談が行われ、インドネシア、マレーシアとの友好関係を確認した。またセミナー終了後、大学近くの茗渓会館で後援者ならびに関係者で懇親夕食会が催された。海外からの後援者たちには小倉事務局長から記念品の贈呈があり、終始なごやかな雰囲気のうちに会は終了した。

◆◇◆「ハラール・セミナー」に参加しての感想◇◆◇
拓殖大学スペイン語学科1年 安倍 由宇妃

 数ヶ月前の新聞で、「日本で唯一『ハラール』鶏肉を生産していた会社が倒産してしまった」という記事が載っていたのを見た。それまで私は、イスラーム教徒は豚肉だけを避けているのだと思っていたので、他の肉でも神の名を唱えながら処理されたものでなければ非合法であるということは知らなかった。イスラームの禁忌は私にとってあまり身近なものではないが、他にはどのような「ハラーム」があるのだろうかと興味を持っていたので今回のセミナーに参加することにした。
 イスラームでは食物についてわりと細かく禁忌が定められているようだが、それは、それぞれ理由あってのことのように思えた。例えば、酒など「ハムル」飲料を飲むことを禁じているのは、酔うことによって理性が低下することを防ぐためのようである。また、動物の屠殺に関しての「鋭いナイフを使うなどして、できるだけ動物に苦痛を与えないように」という教えに、人間だけでなく動物も大事にしようという精神を感じた。
 東南アジアで、公のハラール認証システム確立への動きが起こったのは1990年に近くなってからと、わりと最近のことのようである。イスラーム社会でハラームとされるものも日本では特に問題無く出回っているので、それをまるで衛生検査のように厳しくチェックしていることには、少し驚いた。だが、信仰と信仰行為は同じこととするイスラーム教徒にとっては、ハラール認証は本当に衛生検査に等しいのだろう。近代化した生活の中でもイスラームの戒律を守ることのできる、合理的なシステムだと思うと同時に、「文化の違い」を見たように思った。

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◆◇◆ムスリム・ウラマー世界連盟の創立◇◆◇
京都大学大学院教授 小杉 泰
 本年7月に、「ムスリム・ウラマー世界連盟」が結成された。これは、イスラーム世界各地のウラマー(イスラーム学者)を結集する組織として、これまでに全く例をみない存在で、歴史的な意義を有している。筆者は、オブザーバーとしてロンドン郊外で開かれた創立大会に参加する機会を得たので、その様子を報告し、その意義について述べてみたい。

 会場となったホテルには、アラブ諸国、イラン、トルコなどのほか、アフリカ、南 アジア、東南アジアなどイスラーム世界の多様な地域からやってきた200人以上の学者たちが集っていた。世界的に著名な学者、知識人たちも数多く、彼らが一堂に会している様は圧巻であった。筆者のように、現代のイスラーム思想を長年にわたって研究してきた者にとっては、その豪華な顔ぶれを見ているだけで嬉しくなったし、会場のあちこちで見知った顔に出会うのも楽しいものであった。

 何年にもわたる準備委員会の作業を率いてきたのは、エジプト出身のユースフ・カラダーウィー師である。カタル大学シャリーア学部を育てたカラダーウィー師は、穏健な「イスラーム中道派」を代表する学者の1人である。近年は、ジャズィーラ・テレビでのレギュラー番組「シャリーアと人間生活」によっても、高名を博している。

 全体の司会をしたのは、エジプトの国際弁護士サリーム・アウワー博士で、彼は創立大会の最後に事務局長にも任命された。アウワー博士が、大会の趣旨を説明した後、イスラーム諸国会議機構の次期事務局長のエクマルッティン・イフサノル博士、オマーンのムフティー(法学裁定長官)であるアフマド・ハリール師、イランの「諸学派近接委員会」委員長のアヤトラ・タスヒーリー師、ナイジェリアのアフマド・リムー師など、来賓の挨拶が続いた。さまざまな国を代表する彼らの顔ぶれは、この連盟が非常に広範に組織されていることを示していた。また、発言のほとんど全てがアラビア語でおこなわれた。アラブ人、非アラブ人を問わず、アラビア語がイスラーム世界の知識人の共通語であることを、あらためて痛感させられた。
 
 基調講演はカラダーウィー師がおこなった。その主旨をかいつまんで言うと、

(1) 世界のムスリムたちは統一と連帯を必要としている。

(2) イスラーム全体の統一を図るとすれば、まずウラマーたちの統一を図らなくてはならない。

(3) イスラームの統一の象徴としてかつてカリフ制が存在したが、今日では、その役割をウラマーが担わなくてはならない。

(4) そのためにウラマー連盟の結成を呼びかけたところ、多くの賛同を得た。

(5) この連盟はすべてのムスリムたちのためにある。

(6) 知識を持つ女性たちもそのメンバーとなるのであり、女性たちの参加は重要である。

(7) 連盟は開放的な立場を取り、西洋キリスト教などとの対話を推進する。

(8) イスラームは慈悲の教えであり、暴力を否定する。

(9) イスラームは中道の教えであり、連盟はイスラーム世界の革新・復興・改革を推進する中道派(ワサティーヤ)の立場に立脚する、というものであった。

 同師の格調高いアラビア語は、イスラーム世界を代表する知識人たちに向かって論じるだけあって、非常に明晰かつ雄弁なものであった。師の論じるところは、連盟は単に多くの学者を結集することをめざしているのではなく、イスラームの基本的な教えと現代という時代に合致した解釈をおこない、同時に、それらの解釈について学者たちのコンセンサスを形成していくことを通じて、いわば今の時代におけるイスラームの正統な立場とは何かを確立することをめざす、ということであった。

 周知のように、イスラームには聖職者の位階秩序や公会議のようなものは全くないが、ウラマーたちがイスラーム諸学の知識を担い、イスラーム法の解釈をおこない、また一般信徒に対する指導や教育の役割を果たしてきた。イスラームがしばしば「知の宗教」であると言われるのは、このことに依っている。ウラマーとは「知識を持つ者」の意味であり、イスラームの教えと現実社会に関する知識こそが、その判断の基準となってきた。その意味では、ウラマーは非常に自律的な存在であり、特定の中心や位階があるわけではなく、誰が権威を有しているかは、師弟のつながりや学者相互の切磋琢磨を通じて、いわば自然と決まっていくものであった。

 かつては、それでも全く不便はなかった。近代的な輸送手段、コミュニケーション手段が発達する以前は、それぞれの地域、国においてウラマーがあるべき役割を果たしていればよかったのである。ところが、これだけグローバル化が進み、イスラーム世界の中でも往来と情報交換が進むと、事情は全く変わってきた。ムスリムたち自身が、他の地域でどのようなイスラーム解釈がおこなわれているか関心を抱くし、また、社会的な問題について優れた法解釈がおこなわれれば、他地域の人もそれから受益する、という時代となったのである。逆に、地域や国によって解釈が違うような場合、その当否が国際的に議論される時代となった。

 しかし、イスラーム世界の中でウラマーたちがコンセンサスを形成することは、容易なことではない。そうすべきという点についても、理屈の上では多くの人が賛成しても、実際にそのような提案をおこなったときには、誰がどのような状況で提案するかによって反応も違ってくる。その点から言えば、今回の大会は、非常によく準備されていたとの印象を受けた。これだけの大学者たちが結集したということ自体がそれを物語っている。必要なことははっきりと言うが、同時にできる限り大同団結できるよう、ゆったりとしたスタンスを取る、という姿勢が成功していたようである。

 準備の中心となったのがカラダーウィー師という、学問的な重みもあり、穏健かつ真摯な姿勢が高く評価されている学者であったことも、その点に貢献しているであろう。実際、大会の最後に、役員、評議員などを決める中で、同師が議長に選出された。当人は「もう78歳の高齢なのに」と固辞しようとしたが、司会のアウワー博士が「こういう役割には、しかるべき重みが必要」と断じて、参加者の賛同を得た。

 もちろん、結成はあくまで出発点であり、実際に、所期の目的をどう達成していくのかがこれから問われるであろう。結成時の発起人の数と質は十分としても、今後イスラーム世界全体をカバーするようにメンバーをどう拡充していくかは、大きな課題となっている。筆者の印象では、アラブ諸国からの代表は非常に充実しているが、インド以東が弱いように思われた。インドネシアの代表が挨拶の中で、マレーシアが次回大会の開催地として名乗りを上げていることに触れていたが、東南アジアのウラマーがどれだけ参加していくかは大きなポイントであろう。ちなみに、日本からは拓殖大学イスラーム研究センター客員教授の武藤英臣、徳増公明両氏が連盟に加わっている。

 新しいウラマー連盟がどのように発展していくのか、また、どのような解釈の革新をおこなっていくのか、今後に注目したい。

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◆◇◆イスラーム法入門(3)◇◆◇
イスラーム研究センター客員教授 有見 次郎

◆◇シャリーアの諸規範

 シャリーア(イスラーム法)は、ムスリムの日常生活の公私にわたるあらゆる領域に、その規範が及んでいる。ムスリム個人の思考、行為にとどまらず共同体、国家との関係をも含んでいるのである。

 これらの関係をイスラーム法学においては、イバーダート(宗教儀礼に関する諸規範)と、ムアーマラート(法的諸規範)との分野に分けている。この区分については法学者や法学派によってそれぞれ異なり、四区分、五区分、七区分まである。

 ここでは上記のイバーダートとムアーマラートに加えて、私的関係法についての諸規範、刑罰に関する諸規範、平和と戦争に関する諸規範の五つの区分についてふれてみよう。

◆◇1.イバーダート

 六信五行の五行に関する分野である。ムスリムにとってそれは精神と肉体の両面にわたる行為であり、現世と来世における真の平安、幸福を得るための行であって、アッラーが信徒に清浄な状態を保ち、情熱をもって行を成し遂げるよう定められた規範である。
 
 その五行とはシャハーダ(信仰の告白)「アッラーのほかに神はなく、ムハンマドはアッラーの使徒である」と表明すること。サラート(礼拝)。ザカート(喜捨)。サウム(断食)。ハッジ(巡礼)の五つである。

 これらを規定すると、

(1)シャハーダは、日常ムスリムが入信から死を賜うまで表明しなければならない義務である。

(2)礼拝は偉大なる創造主への被造物の服従、帰依を明示する行為であり、また一日に五度、アッラーから多大な報奨を授けられるために、また創造主に対して礼拝することによって他人への憎しみや悪意から心を清め、アッラーの偉大さへの畏敬の念を覚え、アッラーの懲罰を畏れ、徳を積むことになる。

 「あなたに啓示された啓典を読誦し、礼拝の務めを守れ。本当に礼拝は、(人を)醜行と悪事から遠ざける。」(クルアーン第29章45節)

 「信者たちは、確かに勝利を勝ちとる。かれらは、礼拝に敬虔であり、…自分の礼拝を(忠実に)守る者である。これらの者こそ本当の相続者で、フィルダウス(天国)を継ぐ者である。かれらはそこに永遠に住むのである。」(第23章1〜11節)

 (3)ザカートとは信者が自身のために身を浄めることである。富者が物惜しみや貪欲に走ることを、また貧者の心中に恨みや羨望が仮にあるとすれば、それを心から取り除くことにある。そして共同体からの逸脱や、人間の間のそしりを取り除き、ひいては共同体を強化することにもなる。

 「かれらの財産から施しを受け取らせるのは、あなたが、かれらをそれで清めて罪滅ぼしをさせ、またかれらのために祈るためである。」 (第9章103節)

 このほかにもザカートに関する規範は数多く、クルアーンの中には礼拝と併記されている個所が12に及んでいる。またハディースやイジュマーにも数多く残っている。

 (4)サウムは個人に課せられた教育であり躾である。アッラーの否定した忌まわしい行為や罪、また不道徳な言行を慎むこと。諸規範の遵守など、これらに十分に注意を配ることが定められていると言えよう。そして断食する者の中には、互いを思いやり激励し合う心が培われる。また断食をすることによって不運、貧困にあえぐ困窮者への注意を喚起するなど、その善意は互いに異なる階層において行われることが望ましいとされる。

「信仰する者よ、あなたがた以前の者に定められたように、あなたがたに斎戒が定められた。…ラマダーンの月こそは、人類の導きとして、また導きと(正邪の)識別の明証としてクルアーンが下された月である。」(第2章183〜185節)

 (5)イスラーム第12の月(ズ=ル=ヒッジャ)の定められた期日に一定の儀式を果たすことを大巡礼(ハッジ)といい、一生に一度は出来る限り行うべき信徒の義務の一つとなっている。
  
 ハッジでは信者が日常の中で執着するものから離れ去り、一筋に献身と犠牲をもって行に励むよう教えられている。大巡礼に参加することは、日常の枷や習慣から一切開放されなければならない。また大巡礼は、世界中の国々から遠路はるばるやってきたイスラームの同胞が一同に会する、いわば一大会議の場である。

 また小巡礼(ウムラ)には定められた日時はなく、マッカのマスジド=ル=ハラーム(カアバを擁するモスク)で一定の儀礼を果たすことをいう。

「本当に人々のために最初に建立された家はバッカのそれで、それは生けるもの凡てへの祝福であり導きである。その中には、明白な印があり、イブラーヒームが礼拝に立った場所がある。また誰でもその中に入る者は、平安が与えられる。この家への巡礼は、そこに赴ける人びとに課せられたアッラーへの義務である。背信者があっても、まことにアッラーは万有に(超越され)完全に自足されておられる方である。」 (第3章96、97章)

◆◇2.ムアーマラート
 公正と正義を基礎とするイスラーム社会の実現に必要な法的諸規範をいう。

 このムアーマラートは、宗教的儀礼に関する諸規範(イバーダート)以外のすべての規範が含まれるとされている。イスラーム法が公私にわたり、あらゆる分野に法的規範がなされているように、イスラーム共同体の信者個人はその成員として法的規範を公私にわたり適用される。

 ムアーマラートに含まれる事柄は次の通りである。

 売買、利子、抵当、土地使用、開墾、補償金、合資、譲渡、先買権、代理、委託、収集物(金)、食物、犠牲、狩猟、保証、灌漑、会社、和解、裁判、判決、証言、誓約、ワクフ(寄進財)、贈与、遺言、法的相続、服装、金と銀……等々。 
◆◇3.私的関係法に関する諸規範
 家族生活の構成を平和、愛、独立の中に達成することを目的としているイスラーム法は、その共同体内における人間の幸福な生活を保障している。それはすでに法学者たちの学問的努力の結果、諸規範が明らかにされている。

 ムスリムの家族についてみるならば、婚姻に関連して、婚姻契約金(マフル)が当事者間で決められる。しかしマフルは必ずしも金銭とは限られていないこともある。当事者の慣習や伝統によって異なりクルアーンを贈ったり、鉄の指輪をマフルとすることも許されている。

 離婚に際しては、待婚期間(イッダ)があり、離婚は可能であるが、結婚はアッラーからの恩恵であり、その恵みを否定することになるという考えがあるため嫌われている。待婚期間は夫に再考を促す復縁への考慮期間であり、また妻が妊娠している場合には、嫡出子への養育権とも関連し、妻への配慮が伺えるのである。

 「またわれらは、凡てのものを両性に創った。」(第51章49節)

 「かれの栄光を讃える。かれは大地に生えるもの、かれら自身も、またかれらの知らないものも、凡て雌雄に創られた方である」(第36章36節)

 私的関係法に関する他の規範として、後見、説諭、扶養、禁制、養育、相続、遺言、贈与がある。

(以下次号につづく)

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